1/12(土曜)「日常との憑依-振る舞いに隠された『わたしたち』-」 リサーチ報告会

昨春より京都芸術センターと協働でおこなってきたリサーチプログラムの発表会。老舗百貨店・京都大丸の「芸能」の在り方を模索しています。最近はメンバーそれぞれ大丸でバイトしてもらい(僕も年始にバイトを。稽古でお金がいただける幸せ)、リサーチに勤しんでいます。

神と人とが出会う場所として「境界」という考え方が民俗学にはありますが、百貨店は現代の境界たり得るのか? また、その境界の地で神は人に、人は神になるとされますが、その「変身」に必要な祭祀にかわる百貨店の機能とはなにか? 労働と芸能/芸術の今日的な関係性とは? など、リサーチの経過を実演を交えて共有します。

トークゲストとして、大丸百貨店の井口さんにお越しいただきますが、実演が大丸の芸能であるかどうかではなく、より広い視点で、現代における芸能の意味や近代とはなにかを考える時間になればと思っています。

日時:2019年1月12日 (土) 14:30-16:00
会場:京都芸術センター ミーティングルーム2
詳細、ご予約はこちらから:http://www.kac.or.jp/events/24852/

12/8(土曜)にアサダワタルさんとアーツ千代田3331でお話します。

誰かの物語をいかに受け取れるのか? 民俗芸能という何百年と継がれてきた土着のコミュニティに、「他者」として関わってきたわたしの経験から考えます。それは国家/個人に関わらず分断が加速する現代社会に生きる、「わたしたち」の話になると思います。
詳細はこちら:https://www.artscouncil-tokyo.jp/ja/events/31881/

10/30(火曜)アパートメント連載『死者から生まれる民俗芸能』(全9話)

『死者から生まれる民俗芸能』と題し、8月から10月にかけて続いた事業ーー滋賀県・朽木古屋集落の六斎念仏踊り継承事業、東京・TERATOTERAにお招きいただき上演した『踊り念仏』、福岡・九州大学ソーシャルアートラボの事業「奥八女芸農学校」ーーに関する思考を、ウェブマガジン「アパートメント」に寄稿しました。

第一話「死者から生まれる民俗芸能ーとりあえずのIntroductionとして」:
http://apartment-home.net/column/201808-201809/20180805日投稿分の記事/

2018.4.18 中国滞在最終日 ー大連ー

4月18日。滞在最終日。かつての南満州鉄道に乗って瀋陽から大連へ。

15時発の大連行きまで、昨日に続きYuanyuanが瀋陽を案内してくれる。「どこに行きたい?」と訊かれて、日本戦犯審判法廷旧跡陳列館と9・18歴史博物館を挙げる。「日本人なのになんでそんな所に行きたいんだ?」と問われて、ああ日本に生まれ育ったから行きたいんだと自覚する。

続きを読む

2018.4.17 中国12日目 ー瀋陽ー

4月17日、滞在12日目。かつての南満州鉄道に乗って長春から瀋陽へと南下。
12日に会った、北京でアーティスト・イン・レジデンスを運営しているSong Yiが、瀋陽のアーティスト・YuanyuanにWeChat(中国版のLINE)で繋いでくれる。瀋陽の街を案内するために宿まで車で迎えに来てくれるという。僕は外で使えるWifiを持っておらず、そして宿周辺は車の行き交う繁華街で停車できないから青いスバルを見かけたら乗り込め、というざっくりとした指示が送られてくる。「そんなんで会えるんかいな」と思っていたら青いスバルの車内から手を振る厳つい男が。Yuanyuanだった。

続きを読む

2018.4.16 中国11日目 ー長春ー

4月16日、滞在11日目。現在、旧満州国の首都・長春。
午前中から偽満皇宮博物院へ。大日本帝国の傀儡国家とされる満州国皇帝・溥儀が1932年から終戦を迎え敗走した1945年までの13年間を過ごした御所だ。現在は博物館となっており、溥儀の妻や側室、また関東軍の官僚たちが溥儀や各建築物とどのような関わりがあったかが示されている。その女性たちの愛憎や関東軍の策略に対し清国再興の願いはあっても自身の意志ではどうにもならない溥儀の心情は痛々しい。中でもとりわけ関心を引かれたのは、三つの祈りの場だった。ひとつは中国大陸に古くから伝わる仏を祀った堂。もうひとつは清の先祖を祀った奉祖殿。そして満州国建国の元神とされた天照大神を祀った建国神廟。祈りは広く人間という生き物の原初的な行為であり、かつ個人の柔らかい心と接続する(と思う)。その祈りの場はそれぞれ残されており(建国神廟は敗戦後に破壊されているが、礎石は残っている)、溥儀が自身もっとも心を開くことができたのはどこだったのだろうと想像してみる。彼はそれぞれの場に祈りに立つとき、どのような思いでその空間と接していたのだろう。

2018.4.15 中国10日目 ー長春ー

4月15日、滞在10日目。旧満州の長春へ。北京から同じ寝台ボックスに乗り合わせた中国の男女ふたりと呑みながらたわいもない話で盛り上がる。Julyと呼ばれる女性から「それで、なんで長春へ行くの?」と訊ねられて「中国と日本の戦争の歴史を調べに」と応えると、それまで耳を傾けつつあまり話題には加わってこなかった王さんが「そんなもの調べなくていい」「酷い歴史だ」と吐き捨てる。Julyも「その歴史を持ち出せば、日本人に対していまも怒りはある」と静かに語る。ただ、あのときの日本人といまの日本人は別とした上で「日本人はわたしたちと異なる歴史認識を持っているんでしょ? それはどのような認識なの? 率直に興味があるし、はっきり言ってみて」。「これは僕個人の意見だけども」と前置きした上で、日本の現状とその歴史認識、そしてマニラでやってきた『たこ焼き』での場づくりの話をする。そして「ひとつの答えを互いに押し付けるのではなく、いろんな応えを共有しみんなで過去を考え続けられる場をつくることはアートで可能だと思っている」と言う。「実際、いまわたしたちは国家のイデオロギーとは別の位相で個人として話が出来ている。もちろんこれはただの呑み会だけれども」。すると、また沈黙していた王さんが「まあ中国もこれまで酷いことをして来ているからお互いさまだ」と、なにを具体的に指してかは分からないがそう応じた。午前1時半就寝。午前5時に長春駅着。

2018.4.13 中国8日目 ー北京ー

4月13日、滞在8日目にしてはじめての雨。雨降りで肌寒い北京。

午前中は盧溝橋のふもとにある中国人民抗日戦争記念館へ。日中戦争の発端ともされる盧溝橋事件が起こった土地だ。音声ガイドと併用して展示を見てまわる。日本軍の残忍さを現すというよりは、中国の人たちがそれぞれの事象に対し、どのように振る舞ったかという視点が多く盛り込まれている。その点では居た堪れないといった感情よりは客観的にひとつひとつの事象を見つめることができた。一方、音声ガイドから毛沢東の名前は何度も聞こえてくるが、国共合作の際にも蒋介石の名前が聞かれることはなかった。また、国家を守るために命を捨てることを賞賛する、展示の最後は幹部の大きな写真で終わるなど、中国共産党の国策をこの博物館が担っていることは否めない。しかし、一般観覧客ふくめ空軍候補生たち100人ほどが展示を見てまわっていたが、日本人であることが一目で分かる僕を邪険に扱うようなことはなかった。展示内容とそれを見る人たち、国家と個人の関係性について、いろいろモヤモヤする(それは今日16日にちょっとクリアになったのだが、それは今後の日記で書く)。

続きを読む